哲学的ゾンビはどのように見えるか
哲学的ゾンビが仮に存在するとして、それはどのように見えるだろうか?その定義から、普通の人間と全く区別がつかない。哲学的ゾンビとどれだけ長年付き添っても、普通の人間と区別することは誰にも出来ない。特に神経的ゾンビの場合には、頭を解剖しても普通の人間と区別できない。哲学的ゾンビは外から見る限りでは、普通の人間と全く同じように、笑いもするし、怒りもするし、熱心に哲学の議論をしさえする。しかし普通の人間と哲学的ゾンビの唯一の違いは、哲学的ゾンビにはその際に楽しさの「ウキウキ」とした感覚も、怒りの「ムカーッ」とした感覚も、議論の厄介さに対する「イライラ」とした感覚も、全くない、という点である。またこのような気分だけではなく赤いものを見たとき感じる「赤のクオリア」、音のクオリア、味のクオリア、匂いのクオリア等々、ありとあらゆる内面的経験を全く持たない。これが哲学的ゾンビである。
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哲学的ゾンビが実際にいる、と信じている人は哲学者の中にもほとんどおらず「哲学的ゾンビは存在可能なのか」「なぜ我々は哲学的ゾンビではないのか」などが心の哲学の他の諸問題と絡めて議論される。
罪悪感の希薄な人や、冷たい人、等の人間の性格を表す言葉ではない。
精神疾患を意味する精神医学関連の用語ではない。